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裁判員制度が始まりました

 不動産業界に身をおいておりますと、たぶん普通の場合より裁判署又は法曹界の方と接する機会が多くあり、自ら原告となり訴訟を申し立てたことも何度かあります。

 係争には、よりしたたかで、厚顔で、テクニックに優れているものが有利というイメージが私にはあります。被害を訴えていても、平然と否定し、逆になじられたり挑発されたりします。場合によっては被告側だけでなく、中立である裁判官や調停委員も質問という形式で傷をえぐるような人格批判を行うこともあります。

 原告も被告も自分を肯定し、裁判に臨むのですから、自分だけが正しいという前提でないことは十分理解していますし、水戸黄門や暴れん坊将軍、大岡越前、遠山金四郎等の時代劇のように勧善懲悪、一罰百戒、と胸をすくような結果にならない事も理解していますが、セカンドレイプという言葉が生まれる原因がよく理解できます。

 自分は有利、不利に関係なく事実を述べたいという姿勢で臨みますが、たいていの相手方は嘘も100回言えば本当になるとの事でしょうか、こちらを悪徳商人のごとく事実を曲げあげつらいます。この曲げられた内容を中心に話を進めるので、誠実に事実をと望むものは他の全ての立場の人から責められるのです。結果、どんな判決や和解内容でも屈辱を感じることとなります。

 ここへ裁判員という方々が入ってこられます。当然私が関与するような事案の裁判では裁判員制度は関係ありませんが、重大な事案を裁く場において原告・被告も、裁判員もよほどの覚悟がなければ辛い思いを抱えることになるのではないでしょうか。

 裁判員制度にはもっと討議すべき問題も多くあると思います。結果、正しいことが、正しく生きることが報われる制度として生かされんことを切に願います。

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